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振り返ればカザフ

7月24日。
カザフスタンの横断を終え、ロシア入国。

この時、ロシア入国時にビザ取得に半年以上四苦八苦していたロシアへの入国よりも嬉しかったのはカザフスタンを無事に歩き終えたということ。

初めてカザフに入国したのが去年の夏。
中国ビザが切れてしまうために一時避難した時。

その時は国境のカザフ側の村で一泊してすぐに中国に戻っただけやったけど、中国を横断して再度やってきた秋のカザフ、装備を揃えて挑んだ冬のカザフ、越冬明けの春カザフ、そして今回の夏のカザフ。

草原で季節を一周させることになるとは思ってもみませんでした。
てかそもそもカザフは横断する予定なんかありませんでした。

ロシア国境手前わずか10kmでダメ押しとばかりにスパナを振り回す子供らに襲われ、カザフで襲われた回数は計3回。

酔っぱらい、大麻バカ、注射バカ、馬乗りカザフ人、子供ら、ワイロ警官。

「金くれ」「水くれ」「酒くれ」「タバコくれ」「土産くれ」といろんな人たちからぼくは大人気でした。
もうどこまでが襲われたうちに入るんかようわからんようになるくらいに。

徒歩旅行がいかに危険な旅行であるかということをこの草原の民のおかげで嫌というほど味わいました。 ずっと味わわんままでいたかったけど。

そして、そんなカザフスタンには上記の阿呆どもをはるかに上回る数の最高に素晴らしい人たちが居るということも言っとかないといけません。必ず。

3000kmを超える無人地帯が永遠とも思えるほどに続く世界最大の草原。

ぼくがそこを横断できたのは彼らの協力あってこそ。それはもう明白の事実で、出会う度にジュースとパンを差し入れしてくれたカザフ人運転手がいったいどれだけ居たやろうかと思うと手足の指を足したって到底足りるような数ではなく、彼らに出会う度「やっぱり車には乗らないのか?」と聞かれる時なんかはほんまに自分のやってることがよくわからんようになります。

おれ、こんなとこでいったい何やってんにゃろ?って。

で、最後に台車を処分してアティラウからロシア国境までの最後の300kmをバックパックを背負って歩いたんですけど、最初はバックパックの重さにかなり手こずりました。

極限まで荷物を減らそうとかなりの物を処分しました。

ロシア語のテキストをコピーをした物がいくらかあって、これをさっさと片付けてしまえば荷物減るなあと毎日歩きながらロシア語の勉強をしてたんですけど、なんか二宮金次郎みたいになったようであほらしくなってやめにしました。

おかげでほとんど処分できたけど、あれは危険です。あんなん続けてたら、じきに車に轢かれます。

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振り返れば、そこはカザフスタン。

襲われて顔面血だらけで歩いてた時もあれば、空腹で行き倒れたこともありました。格好が汚すぎて、日焼けがひどすぎて、大きな街では屈辱的な扱いを受けたこともありました。地図上に書かれているはずの道路が無くって250kmもの距離の草原をひた歩かないといけないこともありました。 ほんで、冬の寒さに涙凍らせたあの夜。


国境を越えた時、1年間のいろんなことを思い出しカザフスタンを歩き切った達成感でぼくは胸があつうくなってしまいました。 待ちに待ったロシアへの入国とか別にどうでもよくなって。



そして、ロシア入国から10日経った昨日8月3日の朝の事件。

日本からずっとここまで歩いてきた大陸のうちの145km、そこを車に乗って移動せざるを得なかった昨日の事件。

今後ももう歩くことはないであろう145km。

この145kmのことをぼくは今後どう考えていけばいいんでしょうか。





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<写真>
ぱいおつかいでー。
2008.08.04 (Mon) 21:52
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