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突如そこに現れたるは

鬱でひいひい言うてるぼくが街をうろつき宿に戻ってくると、自分とおんなじ顔した連中がユースホステル内でうようよ蠢いていました。

なんや何かあったんか?というぼくの疑問は彼らの発する言葉を聞けば容易にわかるわけで、いやぼくでなくったって世界中の人達にとって彼らの話す言語の抑揚は奇妙奇天烈摩訶不思議。誰だってわかります。


突如そこに現れたるは中華人民共和国人民。
その数じつに二十名。


中国人の客が大量にやってきたようです。

一部屋に12ベッドが割り当てられているぼくのドミトリールームはどうやらぼく以外のベッドが全て彼らで埋め尽くされ、他に二三人居たはずの欧米人客はすでに部屋を移りやがった模様。

スタッフの女の子も「オゼキー、チャイニーズばっかりの部屋になったけど良いよねー、問題なんかあるはずないよねー」なんてにやにや笑っていて、ぼくはわけがわからないまま、きょとん。
チャイナタウンの真ん中で突如寿司屋を営むことになってしまいました。

言っとくけど鬱でひいひい言うてるんである。ぼくは。

しかししかしぼくは中国横断中に人民のみなさんにめちゃめちゃお世話になっているので恩返しのチャンスとばかりに、欝から解放されるチャンスかもしれないとばかりに、「ニーメンチョングオレンマ?」なんつって彼らの一人を捕まえて話しかけると、「おー日本人だ日本人だ、おまえなんで中国語しゃべれんだよー」と多くの人民たちが集まってきました。

ぼくが出身を尋ねると彼らは「南京だ」とそう言いました。

「南京かー、大きい街だね」なんてぼくはにこにこしていたのだけれど、ほんとは南京という地名を聞いた瞬間にかなり焦りました。この人らはきっと日本のこと大嫌いにちがいありません。歴史的な問題についての意見を聞かれたらぼくはどうすりゃいいんだろんか。

ちなみにこの時点ですでに彼らのうち5人ほどがステテコ姿でした。
どうやらこのYHは今日よりステテコ姿での共有スペース徘徊が認められたようです。

ぼくが日本人であることに驚いた彼らはぼくのことを「ターズーベンレン、ターズーベンレン」(南京訛りなので日本はリーベンではなくズーベン)と騒いでいて、南京の大虐殺博物館の近所のおばちゃんに「小日本」とバカにされた経験を持つぼくは「大日本人だ、大日本人だ」と騒ぎたてる彼らを見て少し安心したのだけれど、よく考えたら彼らの言う"ターズーベンレン"は"大日本人(偉大な日本人だ)"の方ではなく"他日本人(彼は日本人だ)"の方でした。


彼らは仕事でルーマニアにやってきた人たちらしいんですけど、ルーマニアに着いたばかりだというのになぜかえらく怒っているようです。

理由を尋ねると「中国を出る時は690元と言われた給料が、実際ルーマニアに来てみたら590元だと言われた!!ひどい!!」と憤慨していまして、ぼくは「そりゃひどい、ひどい話だ」と相づちを打ちながら、彼らが占領しているキッチンはいつになったらあくんだろんかと心配をしました。

キッチンでは膨大な人数分の晩飯が調理されていました。
すでにもう何分待ってるかわかりません。

話を続けているうち人民たちに日本はいくら稼げるのかみたいな質問をされてしまいぼくが困っているところへ、いきなりスタッフの女の子が「オゼキー、あんた中国語わかるの?彼ら英語全く喋れないから台所を必ずきれいに使うように通訳しといてね!いい!?カナラズね!!」とこちらの方もなんだか怒っていました。

「あれやで、おれ中国語はほとんど勉強してないし、あんま喋れへんねんで」とぼくが言うと「オゼキは英語だって全然下手くそじゃない!!」とぶちギレられました。
ぼくは彼女の目えからビームが出てくるのかと思いました。

それにしたって大陸の女の子はすぐ怒るからイヤです。
全然かわいくないとぼくは思います。


どうやらスタッフの女の子は人民たちが大嫌いらしく「中国人二十人よ!二十人!!もうこの宿は終わりだわ~!!」てな見事な嘆きっぷりを見せてくれてぼくはへらへらしてたのだけれど、それがけっこうしつこくて、そのうちアジア批判されてる気分になってきました。

途中からは鬱陶しい気持ちになっただけでした。


しばらくキッチンは空きそうもないし共有スペースにも人民たちがタニシみたいにへばりついてるし、仕方なくベッドの部屋に戻るとそこにも人民たちがタニシみたいにへばりついていました。

欧米人たちはいったいどこへ逃げたのでしょうか。

元気な彼らはドミ内でも大声で楽しくお喋りをしていまして、悲しくも鬱状態にあるぼくの耳にはこれでもかというほどに中国語が飛び込んできまして、昨日までの欧米人たちとの平穏な共同生活がまるで夢のように思えました。いや、本当に夢だったのかもしれません。

ベッドに戻るとまたも人民が話しかけてきて「ここは朝食があるのか?」と質問をしてきました。「あるよ」と答えると「いくらだ!?」と食い気味に質問を重ねてきたので「お金はいらないよ」とぼくは答えました。

人民たちは朝食がブーヤオチェンであることに大喜びし、すぐに伝令がキッチンや共有スペースに居る他の人民たちのもとへ送り込まれました。

十秒後にYH内が揺れました。


ぼくは彼らとのやりとりに疲れてしまって、もう飯食わんと寝よかなーなんて思ってたんですが、共有スペースがより賑やかになったようなのでキッチン空いてるかもとそう思いキッチンに行ってみると見事にキッチンは空いていました。

中国国内でも豊かなタイプではない今回の人民たちも食後はスタッフの女の子の警告に素直に従い、じつに丁寧なキッチンの掃除をやっていました。なかなか泣かせました。

中国横断以降、中国人の丁寧な掃除を見るとぼくはなぜか感動してしまいます。


さて飯を作ろうとふーっとため息ついて野菜とか肉を切って、炒めよかなとそう思ったらどこにもフライパンがなくって、鍋もなくって、なんでやどこや言うてぼくが探し回っていると、人民たちの明日の飯のために下ごしらえされた鶏肉やなんやらが鍋とかフライパンの上でてんこ盛り。

失われたcommon goods。

仕方なく自分の鍋をバックパックから出してきて、二週間連続同じ夕食となるミートソースパスタを粗雑に完成させ、ええかげん飽きるなあなんてふにゃふにゃ言いながら頬張りました。げぷっ。



シャワーを浴びて再び寝室に戻る頃には、人民たちはすでに寝息を立てて就寝中のようでぼくもこっそりと部屋に入り、横になります。

で、ふと横を見ると隣のベッドには欧米人が寝てました。

「あ、居た」

この人、YH内のどこに居たのか全然わかりませんでした。

さすがに天下無敵のチャイニーズを前にすれば、彼らのホームだろうがなんだろうが欧米人の存在は霞む一方のようで、さすがに就寝中は静かな中国人たちに安心してるのかじつによく寝ています。


中国人はほんとむちゃくちゃな人らやけどぼくは彼らが好きです。
彼らなしでの中国横断はより困難になってたはずです。

我愛中国人。
ウォアイチョングォレン。


そしてぼくは、ようーやく昨日と同じように眠れぬ夜を過ごしたのでした。







で、翌朝。

翌朝6時のドミ内。


翌朝6時頃から彼らは再び大声でお喋りを始めました。

眠れぬ夜を過ごしたぼくはもう寝てられないことになってしまって「おまえらなんか嫌いや、早よ中国帰れ、早よビザ切れろ、我不愛中国人やー」言うて毛布にくるまりながらぶつぶつ呟いて、「くっそう油断したー」言うて毛布から隣を見やるとそこにはすやすやと寝息を立てる欧米人。





野犬にどんだけ吠えたてられても、カザフでシャカールという謎の肉食動物に不気味な鳴き声を浴びせられ続けてもテント内で爆睡できるはずの自分が中国人のマナーに対してたいていの事を許してやれる自分が、こんなに睡眠妨げられて怒ってんのになんで彼は平気で寝てられるのか、なんでや、なんで寝てられるんやー、


てかこいつ耳栓してる!!!





おわり
2009.01.10 (Sat) 04:00
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