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ウオノメに罪はあるのか

「おいこらウオノメこのやろー」言うて以前に日記で両足首の痛みの責任をウオノメに押しつけてみたものの、あれから歩いてみてわかったのは、両足首腱鞘炎事件の真相がウオノメとはまったく関係のない真犯人によるものであったということで、ウオノメにすれば言いがかりとしか言えへんような原因があったということ。

冤罪。

しかしぼくはウオノメに謝罪する気持ちなど露ほども持ち合わせてなくって、なんなら今だってウオノメのことが憎くて憎くて仕方がない。

なぜかというと両足首の痛みを生じた直後にぼくの足から旅立っていったウオノメが、いつのまにかまた再び同じ場所、つまり左足薬指に偉そうに鎮座しておるからで、ウオノメが相も変わらずぼくに執拗な嫌がらせを続けているからで、腱鞘炎に関しては無罪やったかもしれへんけどおれはおまえを許さへん、必ずおまえの罪を立証できるような証拠をつかんでしっかりと法の名において裁きを受けさせてみせるぜプッシィクラーツ!

そういえば、ロシアでの車に乗った強盗をぼくは告訴せずに許したわけやけど、彼らは今頃いったい何やってんのやろうか。

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2009.08.23 (Sun) 20:48
Caceres

通常なら歩いて二日の距離である80kmの道程をきざんできざんで4日かけて歩いたにもかかわらず、足首はなんのこっちゃかよおわからんこととなって、状態はさらに悪化。

炎症が引くまで、しばらく休むことにします。

なんとなく入った中華料理屋の素敵すぎる上海人たちがめちゃめちゃ安い宿を教えてくれたので、そこに十日から二週間ほど滞在予定。

やっぱり中国人は最高ですね。
彼らと喋るん、ぼくはめっちゃ好きです。
2009.08.21 (Fri) 18:17
ウオノメが残していった物

左足薬指にウオノメの存在を初めて確認したのはかれこれいつ頃やったろうかと記憶を遡ってみたところ、それはシェンゲンエリアに入ってからのようにも思えるし旧ユーゴスラヴィアの頃だったようにも思える、いや、ルーマニア?ウクライナやったかもしれへんなと首をかしげることとなって、つまりのところぼくはその時期をあんまり覚えていない。

ただ、今確実に言い切れることは出生時期が不明瞭なそのウオノメをぼくは知らず知らずのうちに過保護に扱ってしまっていたらしく、ウオノメを地面に触れさせないようにびびりながら歩いていたらしく、二週間ほど前のある日セゴヴィアという町に入るあたりで突然左足首の関節の痛みに襲われることとなって、そのまま左足首をいたわりながら歩いていると今度は右足首の関節まで痛みだすということになってしまったわけです。

ウオノメの生んだ悲劇。
嗚呼。

”両足首を痛めつける”というミッションに成功して御役御免ということになったのかウオノメはその後すぐにぼろりと剥がれ落ちてどこかに旅立ったわけやけど、あの阿呆、この両足首をいったいどないしてくれるのか。もはや腱鞘炎になりかけとるやないか。

「腱鞘炎になったのならその後一ヶ月ほどは患部の休養が必要です」とネットの海を漂えばどのサイトも親切にそう言ってくれているわけやけど、当然のことながら一ヶ月も休んでられない自分はただただ腱鞘炎の恐怖に怯えていて、治療法が関節を休ませる以外にないというこの炎症にはあともう少し黙っててもらうより他にないし、連日だましだましに歩いてまめに宿をとって休むより仕方ない。もうお金もそんなに無いねんけど。

しかしゆうてもまだ腱鞘炎を患ったわけではないし、あくまで今は腱鞘炎になりかけている状態、腱鞘炎というゴールをめがけて全速力で突っ走っている状態なわけで、それは時速5kmのえらくのんびりとした全速力ではあるもののとにかく腱鞘炎を患うのにそう時間はかかるまい。今は一日に十一時間ちかい歩行のうちの一、二時間ほどを足首の痛みに顔をゆがめながら歩いているんやけど、そのうちにそれが一日に三時間になり、五時間になり、十時間になり、二十四時間になる。

ゴール(腱鞘炎)はもう、すぐそこにある。
2009.08.17 (Mon) 20:53
大西洋よりの使者

いくらヨーロッパの人間がぼくに話しかけてきいひん言うても、なんだかんだで二日に一度くらいは道行く車が路肩に止まって「乗っていけよ」と声を掛けてくれるわけで、いや、二日に一度だなんてやっぱり旧ソ連や東欧に比べれば全く話しかけてこないに等しい数字でとても退屈な数字なわけやけど、とにかくヨーロッパでだって話しかけられることくらいはある。

「乗っていけよ」

もちろん「乗っていけよ」と言われて素直に車に乗ってしまえば、これからの向こう一生を後悔の念に苛まれたまま後ろめたい気持ちで過ごさなければならないことは間違いないわけで、いちおうは現地人のそういった親切心をとても嬉しくは思うんやけどゴールを間近にして今さらそんな誘いに耳を傾けている場合ではないし、なにより車に乗った瞬間にロカ岬にたどり着いた時の達成感は半減、いや、まったくの無に帰してしまううえに、自分は今までの二年半何をやってたんや?ということになることは簡単明瞭。歩けなかったロシアの一部だってそのうち必ず歩いてやろう。

「ノ、グラシアス」

と言うてなるだけ失礼のないように全開の笑顔で停まってくれた車の運転手に断りをいれてからぼくが思うのは、ほんとわざわざ停まってくれたのに悪いなあという運転手に対する少しばかりの申し訳なさと、それにしたってスペインのこの暑さってどうにかならないもんだろうかというイベリア半島に対する強い不満やったりする。

これが、二日に一度ほどある現地人との数少ないコミュニケーション。



で最近、そうやって声をかけてくれた人の中にこんな人らがいた。

P1040281_convert_20090816214430.jpg


バカンス中のカップル。

話しかけられた時にぼくが相手の素性に気づかないのは当然なんやけど、相手がいろいろ質問してきたので「リスボンまで歩く」とぼくが言うと相手がえらく興奮して言うた。

「ぼくたち、そのリスボンに住んでるんだよ!」

「そうかそうかポルトガル人やったのか、そこがゴールやねん、そこの近くにカボダロカって岬あるやろ?そこに行くねん」と言うて彼らと別れたわけやけど、これは別段なんてことないいつもどおりの出会いと別れだと言えるし、感動もくそもあったもんではなく、彼らに対する感謝とイベリア半島に対する不満を例のごとくひとりごちて、ぼくは歩くことになる。

いや、しかし。

後々歩きながら彼らとの出会いを思い返してみて、ここはまだスペインではあるもののいよいよとうとうリスボン人と出会ったことにぼくは変な気持ちになって、それはなんというか上手く説明できひんねんけどとても難解に思えればとても簡単に思える気持ちで、とにかくここ二年半に起きた出来事を思い出すこととなって、中国での道中に台車のホイールがちぎれたことだとか、ポグダ峰を指をくわえて眺めるしかなかったことだとか、馬乗りカザフ人にアイポッドを持ち逃げさかけたことだとか、冬のカザフから逃げ帰ったことだとか、宿に押し寄せた警官に金をせびられたことだとか、泥酔した若い奴らにリンチされたことだとか、暴漢にハイキックされて顔面に傷を負ったことだとか、ビシュケクでロシアビザを延々待っていたことだとか、スパナ振り回す子供たちに追いかけられたことだとか、国境でライフルを首から下げた軍人二人に財布を奪われたことだとか、ロシアで羊飼いに身ぐるみを剥がされたことだとか、車に乗った強盗から必死で逃げまわったことだとか、ほんでロシアの一部を諦めなあかんようになったことだとか、ネオナチにビール瓶を幾度も投げつけられたことだとか、モルドバで犬に太ももを咬まれたことだとか、ルーマニアで寝込みのテントを三人の男に襲われたことだとか、あげくブカレストで鬱になってしまったことだとか、まあまあよくもこれだけ悲惨な経験を積めるもんやなと呆れかえるより他にない大陸横断中の艱難辛苦の記憶を回顧していくとともに、諦めないとかそんな美しい言葉じゃなくって単にしつこいだけでここまで歩いてきた自分を半分心配に半分誇りに思う複雑な気持ちと、リスボン人に会っていよいよゴールが近づいてきていることを地図以外で初めて実感させられる喜びと、「南極や、南極を歩かせろ」というもはや夢よりは呪いといった方が正確にちがいない耐え難い欲求とが重なり合って、まあなんや、泣いた。

えぐえぐ言うて路側帯に膝をついた。
2009.08.16 (Sun) 20:34
Avila

ぼくは今、マドリッドの北西100kmほどのところにあるアヴィラという町にいます。
街の中心を城壁に囲まれた中世の雰囲気を色濃く残す城砦都市。

結局のところ、首都マドリッドへは行かず。
また大都市を回避しました。

せっかくヨーロッパに来たというのにミラノを避け、マルセイユをかわし、バルセロナに背を向け、マドリッドから逃げるようにポルトガルを目指しています。

西欧の主要な大都市であると同時に人気の観光都市であるこれらの街をぼくが避けながら歩いているのにはそれなりの理由があるんですけど、「なんで行かないの?」と他の人たちからよく質問されます。

なんでって、なんでかって言うと、だって、だってやな、それは、なんやその、例えば。

例えば。





例えば、この写真。

これは地図から見るスペインの首都マドリッド。


えげつないですね。
身の毛もよだちますね。

この地図を見て瞬時に寒気を覚えた人がいるなら、その人は徒歩旅行者かヒッチハイク旅行者だろうと思います。自転車旅行者もこの写真から多少の嫌悪感をおぼえるかもしれないけれど、機動力の関係上おそらくそれほどではないかと。

じゃあ、なんでこの街がまずいんでしょうか。


じつはこういった巨大都市というのは入るのが比較的簡単なのに対して、脱出するのがおそろしく大変なのです。
めちゃめちゃきついのです。

蜘蛛の巣のように放射状に延びた国道を使って街の中心に入っていくのは楽なのに、街を出る段になると今度はその放射状に延びた道の中から正しいルートを選んで街を脱出しないといけないのです。

ここはもう、必ず正確なルートを導きださないといけないし失敗は許されません。
歩行中はわずか5kmの無駄な歩行でさえかなり萎えるので絶対に迷いたくないのです。

実際にはこういった都市で迷うことなんてほとんど無いんですけど、分岐点にさしかかる度にいちいちどっちに行くべきなのか悩むのってなかなかのストレスになったりしますし。


こうゆう怪物みたいな都市を出る度に目の前に現れる分岐路に対しておろおろしなあかんのは本当に嫌やし、蜘蛛の巣にひっかかった蝶々の気持ちを味わわなあかんのは本当に嫌やし、ぼくはミラノにもマルセイユにもバルセロナにもマドリッドにも行きませんでした。行かへんかったのです。

そうゆう理由です、はい。


2009.08.09 (Sun) 22:22
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