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歩けないなら登ろう

そうや!ポグダ峰に登ろう!

と突然そう思い、ここ二、三日登山用品店や図書館、書店をまわってポグダ峰に関する情報をかき集めてみました。

今の自分がいったいどこまで登れるかわかんないですけど、死なない程度に行けるとこまで行ってみようと思います。

やっぱり冒険によるショックは冒険によって払拭するしかないわけですね。

ちょっくらウイグルを見下ろしてきます。


※ポグダ峰……
標高5445m。ウルムチの東数十km、天山山脈にそびえ立つ大巨人。
ベースキャンプは3450m、ポグダ峰の西側に位置する。



あ、あと、一応言うておくとぼく"ユーラシア大陸の徒歩横断"を諦めたわけじゃなくって、今は日本からのタイヤ待ちです。

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2007.07.28 (Sat) 19:12
失意のままに

ウルムチの市場で必死になって探しあてた台車と同径のホイール。
他にはどこにも見当たらなかった台車と同径のホイール。

そんなぼくの大事なホイールが、ウルムチを離れ30kmも歩かないうちに使い物にならなくなってしまいました。

またしても「ホイールちぎれる」。

そしてそんなアクシデントのその翌日に不覚にも熱を出してしまい、中国ビザ期限である8月10日までのカザフスタン入りを事実上断念することになりました。
あれだけ苦労して見つけたホイールが一瞬にしてつぶれ、さらにはビザ切れ確実。


今はウルムチ郊外の田舎でショックから立ち直れず、失意のままにもう4日が経とうとしています。台車復帰のメドもまったく立たず、いったい今どうすべきなのかを完全に見失っています。



とにかく今までの生活は台車に依存しすぎでいけない
緊急時に身動きが取れなくなる

とそう思ったぼくが2日ほど前にウルムチに戻って1800元(27000円)も出して買った65Lのバックパック(OSPREY:ARIEL)。

この1800元もかけた"バックパックで歩く"という判断も、果たして本当に正しいものだったのかどうか今となってはよくわかりません。

そして"バックパックで歩く"ために荷物を極限まで減らそうと、ガソリンストーブや食器、食糧、不要な本を捨てたり、日本に送り返したり。

これも果たして本当に正しい判断だったのかどうか……。


とりあえず台車の復活を狙ってはいるものの、それもなんだか気分が乗らず。
ああ。
2007.07.23 (Mon) 18:59
さて。

またホイールがちぎれました。

2007.07.20 (Fri) 22:06
明日からはどの街に行きたいって言おかな

上海を離れてからウルムチ(烏魯木斉)に到着する最近まで、道中で出会う中国の人たちに「いったいどこに行くのか?」と聞かれればいつもこう答えてきました。

「ウルムチへ行きたい」

それはロカ岬でも、ヨーロッパでも、イスタンブールでも隣国カザフスタンでもなく、新疆ウイグル自治区の区都ウルムチ。

多くの中国人たちに「ウルムチへ行きたい」「ウルムチがゴールだ」とそう説明してきました。

なぜか?


それは単純にウルムチという単語がとても発音しやすかったから。
ウルムチという単語ならどんな辺境の地に行ったって、容易に聞きとってもらえたからです。

そもそもウルムチという街に特別な思い入れなんてないし、とくに行きたい街でもはなかったので正直なところ、ウルムチくらいをゴールって言っといたらいいかな、とその程度の「ウルムチへ行きたい」だったわけです。



そして先日、そのウルムチへようやく到着しました。

二週間ほど前に思わぬ形で一度ウルムチに入ることになってしまい、再度歩きなおしてのウルムチ入り。

もはや嘘ともいえた「ウルムチへ行きたい」という思いが無事達せられたわけです。


そしてせっかくなのでウルムチ市内を少し観光してみました。

紅山公園に人民公園。
大バザールにウイグル人居住区。

しかしそんなところを回ってみても結局この街は何の変哲もないただの大都会で、退屈な大都市の典型。

やっぱりウルムチは「行きたい」だなんて発言するようなところではなかったのです。


けど、

けど、今やから言います。

荒野の真ん中で疲労から足がまったく動かなくなってしまった時。強烈な日差しの下で意識がもうろうとしてしまい熱中症や日射病に心底恐怖した時。砂漠の真ん中でいよいよ水が尽きてしまった時。道行く車をむりやり止めて水を分けてもらわないといけなかった時。台車が大破してどうしようもなくなった時。

そんな時、ほんまに辛かったそんな時にぼくを支えていたのは「ウルムチへ行きたい」でした。「ウルムチへ行きたい、ウルムチにさえ着いたら」でした。

あれほど興味のなかったウルムチという街を頭の中で何度も何度も思い描きつづけてきたおかげで、ここまで歩いて来れたのです。


不思議なもんです。

2007.07.20 (Fri) 03:09
アジアカップ観戦に燃えたある男の物語

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朝、ピチャンの宿で歯を磨きながらTVを見ていると"今晩18:15からアジアカップ一次リーグ日本-カタール戦を実況中継します"といった文字がとつぜん画面上に映し出された。
CCTV5チャンネル。


あれ?今ってアジアカップやってんの?

ほんまに?

見たいなあ、めっちゃ見たい、それはもう見るしかないわな


と"京都伏見のパブロ・アイマール"と呼ばれるほどの自分、いや呼ばれたいほどのサッカー狂の自分がそれを見て、その晩の目的地である勝金の町の宿でサッカー観戦することを即決したのは至極当然なことだといえる。

ビールを買い込み、ヒマワリの種つまみながら、オシムみたいなおっさん親戚におったらイヤやなとか、高原の禿げかたはおれと一緒やなとか、ほんでカタールっていったいどこやねんとか好き勝手言いながら代表を応援する。ものすっごいだらだらとした感じで。

こんなのどう考えたって愉しいに決まってるじゃあないか。


急いで宿を出発。
一路40km先(地図による)の勝金の町を目指す。キックオフは18:15。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
午前中きっかり20km歩く。予定通り。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


久しぶりの代表の試合観戦を前にして炎天下の歩行もどこか楽しい。
目的地の"勝金"という町のことを思いながら、"勝"って"金"なんてめっちゃ縁起いい名前やん、こんなんまた日本代表優勝するんとちゃうかほんま、と気楽にへらへら灼熱の太陽の下を行く。
不思議なもので気分が良いと暑さもまったく苦にならない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
午後もきっかり20km。予定通り。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


そして時間は18:12。


やったー!

ぎりぎりキックオフ間に合ったー!

さあて、ビール買いこんで宿に入って見るぞー!サッカー見るぞー!








、、、、って、あれ?


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目の前には宿なんか無い。ビール売ってる商店なんか無い。

あるのは相変わらずのだだっぴろい荒野と、近くに見える火焔山(西遊記、芭蕉扇の話で有名)だけ。
あとはちょっと先に緑があるくらい。

町なんて当然無い。



どおゆうこと?

しっかり地図のいうとおり40km歩いたのに、ほんまはもう勝金の町に着いてるはずやのに、"勝"って"金"取らなあかんのに、もうサッカー始まるゆうのに、日本-カタール戦始まるゆうのに、、、、あああ!くそお!

勝金っていったいどこにあんねん!
ほんでカタールっていったいどっっこにあんねん!



しかし怒っていたって何も変わらない。試合はもうすでに始まってしまっている。とにかく今は歩きつづけるしかない。

じつは迷うはずのない国道を地図通りに歩いたのに目的地に着かないということはたまにあることで、これはたいてい地図の距離表示が間違っていることが原因。
しかし距離表示が間違っているといっても2、3kmくらいの違いなので少し歩けば問題ない程度なのだけれど、この道路の先を見た感じだとまだ勝金の町へは5kmほどかかりそうな感じ。

ここにきて5kmの距離は大きい。


ううう、くそう、早くサッカー見せろ、こんにゃろ


腹ただしさを抑えながら、それでもがむしゃらに国道を歩きつづける。
なんとか後半に間に合うように。急げ急げ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
そして一時間半後。ピチャンより48kmかかり勝金の町へ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


時間は20:45。
まだ太陽は高い。

結局、地図は8kmも間違っていたことになる。

すでに前半どころか後半も終盤に入ってしまっている時間だけれど、まだ試合が終わったわけじゃない。


もうビールなんて買ってる暇はない。すぐさま宿に飛び込み、ウイグル族のおばちゃんに部屋を案内してもらった。


やったー!

ぎりぎり試合間に合ったー!

ビールもヒマワリの種も無いけど、やっと代表の試合見れるうー!!








、、、、って、あれ?(本日二回目)



案内された部屋にはTVなんて無かった。

あるのは汚いベッドが3つとえらく湿った布団が3つ。
それだけ。


いや、ちょっと待ってえや、おばちゃん

TVは?TVが見たいねんけど、、


おばちゃんにそう詰め寄るも、中国語がほとんど理解できないこのウイグル族のご婦人は困った顔をするばかり。


だからTVやん!テ・レ・ビ!!

こんくらいの四角い形してて、リモコンでこうやってチャンネル変えて、「あれ?このリモコンなんか効き悪いなあ」つって、バンバンってリモコン叩いて、な?

ほら、わかるやんっ!!


必死になってジェスチャーでTVの説明。
するとおばちゃんもすぐにわかってくれたようで「あああ!TVね、TV!あるわよ、もちろんあるわよ!」とそんな感じ。


あああ、良かった

TV無いって言われたらどうしようかと思った

そんなんここまで頑張って歩いてきたのに「はい残念、勝金の宿にはTVありませんでしたー、あっほぷう」なんて言われたっておれは笑い話になんかできひんからな

サッカー見せろい、早よお



言われるがまま、おばちゃんの後ろに付いて階段を降り通された部屋は宿の客室ではなく、おばちゃんたちが普段使っている居間だった。

そしてそこにはTVが一台。
「ほら、これのことでしょ」と言わんばかりにおばちゃんは嬉しそうにTVを指さした。



謝々Thanksありがとう

そうそう、これこれ、これやんか

これを見るために今日は一日歩いててん、おれ

さあて、試合は一体どうなっ てんのっ かなっ ??


すぐさまTVの電源を入れ、チャンネルをCCTV5チャンネルへ合わせにかかる。








、、、、って、あれ?(まさかの本日三回目)



電源を入れるが、しかし画面は真っ暗なまま。
なぜか電源が入らない。

必死になって原因を探る。しかしTVに異常はなさそうだし、コンセントを確認しても異常は見当たらない。

ただただ電源が入らない。


うそやん、なんでや、なんで電源入らへんねん!

なんでTV壊れてんねん!

くっそお、もういい!

あかん、こんなTV用ない!

隣の飯店でTV見よう!もうそれしかないわ!


と瞬時にそう思い、部屋を飛び出し隣の飯店へ向かおうとする自分。
そしてそんな自分の背中越しにおばちゃんは中国語でこう言った。

今までぼくが嫌というほど聞かされたあの中国語で。





「シェンザイ、メイディエン」






・・・・・・あ。はい。



ぼくは何も言うことなくおばちゃんからローソクを一本受け取り、階段をかけ上がった。
明日の歩行に備え、十分な休息をとるために。



おわり






※シェンザイ、メイディエン(現在没電)……今、停電中なんだよ。ばーか。

2007.07.09 (Mon) 23:49
十日ちかくも早く

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新疆ウイグル自治区の区都ウルムチに来ています。

予定より十日ちかくも早く。


なぜそんなに早くにウルムチの街にやって来ることができたかというと、それは中国ビザが切れそうなぼくが超人的な力を発揮して国道312号線を一日に80kmも歩いたとか、南極への冒険の夢がぼくに神がかり的な歩行を可能にさせたとか、そういった理由ではなくって、


"歩行中に台車が大破してしまった"からです。

"荒野の真ん中で台車が動かなくなってしまった"からです。


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仕方なくその場はヒッチハイクで現場から100km先にあるピチャンの街へ移動。

そのまま昨日、台車を復活させるべく区都ウルムチ入りしました。
バスにて。現場より360km。





今日は朝から郵便局で日本からの荷物の受け取り。
午後からはウルムチ中の市場で必要部品の調達のため奔走。

そして明日は朝からカザフビザの申請。
台車をどこか工場のようなところにもっていって溶接してもらいたいです。


なにより今はこの考えるヒマのないくらい忙しい時間がなによりも救い。少しでも考える時間ができてしまうと、悔しさから感情が抑えられなくなってしまうような気がするのです。

3日後には現場に戻ってもう一度、再スタートできると思います。







※このままでは中国ビザ切れるかもしれません。いったんキルギスに抜けることも考えてます。

2007.07.05 (Thu) 02:13
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