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秋思う

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リスボンからロカ岬へ向かう道中は久しぶりの海岸沿いの歩行、それはわずか30km程度の海岸線でしかなかったんやけど、まだまだ残暑の気配漂うポルトガルの海岸線にはちらほらと海水浴客の姿が見られたわけやから、ぼくの視線は当然ビーチに釘付けになる。

「どこや、おっぱいは。おっぱいは一体どこにあるんや」

目を皿のようにしてトップレス美女を探しながら海岸線を歩いてみたものの、思い返してみれば実際ヨーロッパでおっぱい振り回してるような女性が山ほど居た場所といえばニースからカンヌへのわずか25kmほどの短い間でしかなかったし、今回もそういった女性はほとんど居いひんかってんけど、トップレス美女が見つからへん代わりになぜかアンダレスな男を見つけてしまった。

全裸の男がビーチで寝てた。
仰向けになって。

彼が何を思って局部を日焼けさせたがっているのかぼくには知る由もないねんけど、兎にも角にも彼の濡れた金色の陰毛は日光に照らされてキラキラ光り輝いておりまして、それはまるで収穫を待つ稲穂のようでした。

で、ぼくは一句詠んだ。


波際に 秋思わせる ちんげかな



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2009.09.29 (Tue) 20:12
ウオノメに罪はあるのか

「おいこらウオノメこのやろー」言うて以前に日記で両足首の痛みの責任をウオノメに押しつけてみたものの、あれから歩いてみてわかったのは、両足首腱鞘炎事件の真相がウオノメとはまったく関係のない真犯人によるものであったということで、ウオノメにすれば言いがかりとしか言えへんような原因があったということ。

冤罪。

しかしぼくはウオノメに謝罪する気持ちなど露ほども持ち合わせてなくって、なんなら今だってウオノメのことが憎くて憎くて仕方がない。

なぜかというと両足首の痛みを生じた直後にぼくの足から旅立っていったウオノメが、いつのまにかまた再び同じ場所、つまり左足薬指に偉そうに鎮座しておるからで、ウオノメが相も変わらずぼくに執拗な嫌がらせを続けているからで、腱鞘炎に関しては無罪やったかもしれへんけどおれはおまえを許さへん、必ずおまえの罪を立証できるような証拠をつかんでしっかりと法の名において裁きを受けさせてみせるぜプッシィクラーツ!

そういえば、ロシアでの車に乗った強盗をぼくは告訴せずに許したわけやけど、彼らは今頃いったい何やってんのやろうか。

2009.08.23 (Sun) 20:48
Caceres

通常なら歩いて二日の距離である80kmの道程をきざんできざんで4日かけて歩いたにもかかわらず、足首はなんのこっちゃかよおわからんこととなって、状態はさらに悪化。

炎症が引くまで、しばらく休むことにします。

なんとなく入った中華料理屋の素敵すぎる上海人たちがめちゃめちゃ安い宿を教えてくれたので、そこに十日から二週間ほど滞在予定。

やっぱり中国人は最高ですね。
彼らと喋るん、ぼくはめっちゃ好きです。
2009.08.21 (Fri) 18:17
ウオノメが残していった物

左足薬指にウオノメの存在を初めて確認したのはかれこれいつ頃やったろうかと記憶を遡ってみたところ、それはシェンゲンエリアに入ってからのようにも思えるし旧ユーゴスラヴィアの頃だったようにも思える、いや、ルーマニア?ウクライナやったかもしれへんなと首をかしげることとなって、つまりのところぼくはその時期をあんまり覚えていない。

ただ、今確実に言い切れることは出生時期が不明瞭なそのウオノメをぼくは知らず知らずのうちに過保護に扱ってしまっていたらしく、ウオノメを地面に触れさせないようにびびりながら歩いていたらしく、二週間ほど前のある日セゴヴィアという町に入るあたりで突然左足首の関節の痛みに襲われることとなって、そのまま左足首をいたわりながら歩いていると今度は右足首の関節まで痛みだすということになってしまったわけです。

ウオノメの生んだ悲劇。
嗚呼。

”両足首を痛めつける”というミッションに成功して御役御免ということになったのかウオノメはその後すぐにぼろりと剥がれ落ちてどこかに旅立ったわけやけど、あの阿呆、この両足首をいったいどないしてくれるのか。もはや腱鞘炎になりかけとるやないか。

「腱鞘炎になったのならその後一ヶ月ほどは患部の休養が必要です」とネットの海を漂えばどのサイトも親切にそう言ってくれているわけやけど、当然のことながら一ヶ月も休んでられない自分はただただ腱鞘炎の恐怖に怯えていて、治療法が関節を休ませる以外にないというこの炎症にはあともう少し黙っててもらうより他にないし、連日だましだましに歩いてまめに宿をとって休むより仕方ない。もうお金もそんなに無いねんけど。

しかしゆうてもまだ腱鞘炎を患ったわけではないし、あくまで今は腱鞘炎になりかけている状態、腱鞘炎というゴールをめがけて全速力で突っ走っている状態なわけで、それは時速5kmのえらくのんびりとした全速力ではあるもののとにかく腱鞘炎を患うのにそう時間はかかるまい。今は一日に十一時間ちかい歩行のうちの一、二時間ほどを足首の痛みに顔をゆがめながら歩いているんやけど、そのうちにそれが一日に三時間になり、五時間になり、十時間になり、二十四時間になる。

ゴール(腱鞘炎)はもう、すぐそこにある。
2009.08.17 (Mon) 20:53
大西洋よりの使者

いくらヨーロッパの人間がぼくに話しかけてきいひん言うても、なんだかんだで二日に一度くらいは道行く車が路肩に止まって「乗っていけよ」と声を掛けてくれるわけで、いや、二日に一度だなんてやっぱり旧ソ連や東欧に比べれば全く話しかけてこないに等しい数字でとても退屈な数字なわけやけど、とにかくヨーロッパでだって話しかけられることくらいはある。

「乗っていけよ」

もちろん「乗っていけよ」と言われて素直に車に乗ってしまえば、これからの向こう一生を後悔の念に苛まれたまま後ろめたい気持ちで過ごさなければならないことは間違いないわけで、いちおうは現地人のそういった親切心をとても嬉しくは思うんやけどゴールを間近にして今さらそんな誘いに耳を傾けている場合ではないし、なにより車に乗った瞬間にロカ岬にたどり着いた時の達成感は半減、いや、まったくの無に帰してしまううえに、自分は今までの二年半何をやってたんや?ということになることは簡単明瞭。歩けなかったロシアの一部だってそのうち必ず歩いてやろう。

「ノ、グラシアス」

と言うてなるだけ失礼のないように全開の笑顔で停まってくれた車の運転手に断りをいれてからぼくが思うのは、ほんとわざわざ停まってくれたのに悪いなあという運転手に対する少しばかりの申し訳なさと、それにしたってスペインのこの暑さってどうにかならないもんだろうかというイベリア半島に対する強い不満やったりする。

これが、二日に一度ほどある現地人との数少ないコミュニケーション。



で最近、そうやって声をかけてくれた人の中にこんな人らがいた。

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バカンス中のカップル。

話しかけられた時にぼくが相手の素性に気づかないのは当然なんやけど、相手がいろいろ質問してきたので「リスボンまで歩く」とぼくが言うと相手がえらく興奮して言うた。

「ぼくたち、そのリスボンに住んでるんだよ!」

「そうかそうかポルトガル人やったのか、そこがゴールやねん、そこの近くにカボダロカって岬あるやろ?そこに行くねん」と言うて彼らと別れたわけやけど、これは別段なんてことないいつもどおりの出会いと別れだと言えるし、感動もくそもあったもんではなく、彼らに対する感謝とイベリア半島に対する不満を例のごとくひとりごちて、ぼくは歩くことになる。

いや、しかし。

後々歩きながら彼らとの出会いを思い返してみて、ここはまだスペインではあるもののいよいよとうとうリスボン人と出会ったことにぼくは変な気持ちになって、それはなんというか上手く説明できひんねんけどとても難解に思えればとても簡単に思える気持ちで、とにかくここ二年半に起きた出来事を思い出すこととなって、中国での道中に台車のホイールがちぎれたことだとか、ポグダ峰を指をくわえて眺めるしかなかったことだとか、馬乗りカザフ人にアイポッドを持ち逃げさかけたことだとか、冬のカザフから逃げ帰ったことだとか、宿に押し寄せた警官に金をせびられたことだとか、泥酔した若い奴らにリンチされたことだとか、暴漢にハイキックされて顔面に傷を負ったことだとか、ビシュケクでロシアビザを延々待っていたことだとか、スパナ振り回す子供たちに追いかけられたことだとか、国境でライフルを首から下げた軍人二人に財布を奪われたことだとか、ロシアで羊飼いに身ぐるみを剥がされたことだとか、車に乗った強盗から必死で逃げまわったことだとか、ほんでロシアの一部を諦めなあかんようになったことだとか、ネオナチにビール瓶を幾度も投げつけられたことだとか、モルドバで犬に太ももを咬まれたことだとか、ルーマニアで寝込みのテントを三人の男に襲われたことだとか、あげくブカレストで鬱になってしまったことだとか、まあまあよくもこれだけ悲惨な経験を積めるもんやなと呆れかえるより他にない大陸横断中の艱難辛苦の記憶を回顧していくとともに、諦めないとかそんな美しい言葉じゃなくって単にしつこいだけでここまで歩いてきた自分を半分心配に半分誇りに思う複雑な気持ちと、リスボン人に会っていよいよゴールが近づいてきていることを地図以外で初めて実感させられる喜びと、「南極や、南極を歩かせろ」というもはや夢よりは呪いといった方が正確にちがいない耐え難い欲求とが重なり合って、まあなんや、泣いた。

えぐえぐ言うて路側帯に膝をついた。
2009.08.16 (Sun) 20:34
Avila

ぼくは今、マドリッドの北西100kmほどのところにあるアヴィラという町にいます。
街の中心を城壁に囲まれた中世の雰囲気を色濃く残す城砦都市。

結局のところ、首都マドリッドへは行かず。
また大都市を回避しました。

せっかくヨーロッパに来たというのにミラノを避け、マルセイユをかわし、バルセロナに背を向け、マドリッドから逃げるようにポルトガルを目指しています。

西欧の主要な大都市であると同時に人気の観光都市であるこれらの街をぼくが避けながら歩いているのにはそれなりの理由があるんですけど、「なんで行かないの?」と他の人たちからよく質問されます。

なんでって、なんでかって言うと、だって、だってやな、それは、なんやその、例えば。

例えば。





例えば、この写真。

これは地図から見るスペインの首都マドリッド。


えげつないですね。
身の毛もよだちますね。

この地図を見て瞬時に寒気を覚えた人がいるなら、その人は徒歩旅行者かヒッチハイク旅行者だろうと思います。自転車旅行者もこの写真から多少の嫌悪感をおぼえるかもしれないけれど、機動力の関係上おそらくそれほどではないかと。

じゃあ、なんでこの街がまずいんでしょうか。


じつはこういった巨大都市というのは入るのが比較的簡単なのに対して、脱出するのがおそろしく大変なのです。
めちゃめちゃきついのです。

蜘蛛の巣のように放射状に延びた国道を使って街の中心に入っていくのは楽なのに、街を出る段になると今度はその放射状に延びた道の中から正しいルートを選んで街を脱出しないといけないのです。

ここはもう、必ず正確なルートを導きださないといけないし失敗は許されません。
歩行中はわずか5kmの無駄な歩行でさえかなり萎えるので絶対に迷いたくないのです。

実際にはこういった都市で迷うことなんてほとんど無いんですけど、分岐点にさしかかる度にいちいちどっちに行くべきなのか悩むのってなかなかのストレスになったりしますし。


こうゆう怪物みたいな都市を出る度に目の前に現れる分岐路に対しておろおろしなあかんのは本当に嫌やし、蜘蛛の巣にひっかかった蝶々の気持ちを味わわなあかんのは本当に嫌やし、ぼくはミラノにもマルセイユにもバルセロナにもマドリッドにも行きませんでした。行かへんかったのです。

そうゆう理由です、はい。


2009.08.09 (Sun) 22:22
だから私は彼らを殺した

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2009.07.30 (Thu) 01:32
ピレネーズマウンテンバックブリーカーからのカタルーニャスープレックス

たまには写真でもUPしようと思います。

モンペリエ-サラゴサ間。





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モスク。

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カタツムリ狩り。

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フランス-スペイン国境の町。

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ダムに沈んだ村。

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火事。

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高速道路侵入。

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2009.07.23 (Thu) 05:48
Zaragoza

モンペリエ以来、600kmぶりの大都市まで残り10kmに迫った昨日のサラゴサ郊外での野宿。

ピレネー山脈を越えてからはそこそこに果てしない荒野が200kmほど続き、カザフよりもウイグルに近いそこそこに地平線っぽい風景に喉を枯らしながらやってきたわけですけど、昨日の晩は久しぶりの大都市を目前にして興奮してしまったのかほとんど眠れませんでした。

テント内でずうっと考え事をしていました。
朝方まで。

その時に何を考えていたのか今となってはあんまり覚えてなくって、てかじつはめっちゃ覚えてるんやけど、そうゆうことをこうやって誰が見てるんかもよおわからんブログで公開してまうほどぼくは阿呆ではないので、やっぱりぼくは何も覚えていないことにしておく。

せっかくなので秘め事として、昨日考えたことは心の奥深くにしまっておくとしましょう。

心に思ったことは無闇に口にしないのが、正しい日本人の美徳なのです。
たぶん。


(そういや、ロシア及び旧ソ連には”シクリェート”(秘密・秘め事)てなタイトルの無修正のエロ本が売られていて、一度旅行のお供に購入したけれど本当につまらなかった。最低やった。3ドル払ってうんこ踏まされた気分やった。中学以来、久々にどきどきしながら周囲を警戒しつつエロ本を買ったって言うのにあれは一体なんやったのか)



まー、そんなこんなで昨日はほとんど寝れてないので今朝はテント内で昼ちかくまでゆっくりしときたかったんですけど、朝になるとトラクターをグオングオンいわせた農家のおっちゃんがぼくのテント地である畑に、彼の私有地である畑にやってきてなにやら喚いていたので、追い出される形で朝一出発。

眠い。そして暑い。


サラゴサに着いてからは、久しぶりの大都会でやらなあかんことが山ほどあったので、銀行に行ったり、本屋に行ったり、薬局に行ったり、スーパーに行ったりして、宿に落ち着いたのは、今さっき。


明日もまだ少しやらなあかんことが残ってるので、二泊して再び荒野での生活に戻ります。

2009.07.21 (Tue) 02:31
こうゆう人になぜか好かれます

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裸足の徒歩旅行者と遭遇。
ハンガリー人。


徒歩旅行者ってか、単に浮浪者やねんけど。
2009.07.13 (Mon) 18:51
だって大陸横断ってそうゆうことやもんな

いよいよスペインが近づいてきました。

それに伴い昨日の晩、モンペリエで購入した地図をテント内いっぱいに広げてみて、ぼくはあることに気がつきました。

縮尺100万分の1のスペイン・ポルトガル地図を広げてみて、今さらながら気づいたこと。


ぼくはこの地図を見て、ようやく、よおうやく、よおおうやく、ここまで二年半の間いったいどこを目指して歩き続けてきたのかがわかったのです。
ゴールがいったいどこやったのかがわかったのです。

ぼくは目指していたのはポルトガルではなくって、リスボンでもなくって、ロカ岬でもなかったのです。

やっと自覚しました。



大西洋でした。
2009.07.07 (Tue) 21:11
変身

現在、モンペリエの南西にあるNarbonneという小さな町のマクドナルドにいます。
ワイファイ、ブラボー。

このまままっすぐ南に歩けば、海岸線付近の国道を伝って二、三日中にもスペインに入国できそうな感じなんですけど、最近のぼくといえば毎日の猛暑のせいで身体が軟泥化しつつあるので、軟泥化しつつある気がするので、このままくそ暑い海岸線なんぞを歩き続けようもんならポルトガルに着く頃にはぼくはスライムになっちゃうんじゃなかろうかと心配しています。いや、なっちゃう。絶対なる。

この夏、ぼくはスラリンになる。

スライムだなんてドラクエやってる分にはなんだか可愛らしいモンスターなわけだけれど、じゃあ実際にあんな風体したやつが目の前に現れて「おう、ひさしぶりー」だなんて声をかけてきたらそれっていったいどうなんだろうか。

見知らぬ軟泥状の怪物が「おうおう、おれやん、元気?」とか言うて近づいてきたらどうすりゃいいんだろうか。

とりあえず自分の友人を脳内に出してきて、頭の中で何度もスライムに変身してしまった友人との遭遇をシュミレーションしてみたわけだけれど、何度やっても友人スライムは頭をぐりぐりと踏みつけられることとなって、何度も不燃物用のゴミ箱に捨てられたわけです。

踏みつけたのも捨てたのも、もちろんぼくです。

こうしたシュミレーションを重ねた末にぼくが「いやや、スライムにはなりたくない」という結論に至ったのはごくごく自然なことで、とりあえず当面はスライムにはならへんような涼しいルート(溶けないルート)を選ぶことにしました。

久しぶりに会った友人に燃えないゴミ扱いされるわけにはいきません。



というわけで、ピレネー山脈越えをやることにしました。

バルセロナへは行かずにサラゴサ方面へ抜けます。
2009.07.06 (Mon) 00:52
例えば道を尋ねたとする

「すいませーん、お姉さん。キャンユースピークイングリッシュ?」

とかなんとか言うて、例えばぼくがそこらを歩いているフランス人のお姉さんに道を尋ねようとする。


「うーん、少しね」とお姉さんはそう言ってはにかみ、ぼくはその笑顔にやられそうになるわけだけれど、そんなことよりもぼくは目的地に向かいたい。

「街の中心の方に行きたいねんけど、どうやって行けばいいんやろうか?」言うて。英語で。

そしたらお姉さんは「うーん・・・」と少し考え、こう言ってぼくに道を教えてくれます。



「っゲイgkgrつj、fいrkおnptくfmtjんbfdけぇf、gっきちfsdrrんgjjろうぇぁ」(フランス語)




英語の質問にフランス語で答えるフランス人がえらく多い気がします。
2009.07.01 (Wed) 23:02
健康に悪い

イタリアやフランスの海岸線を歩いていて自分自身でも意外に思ったのは、海岸線を歩いているぼくの視線を釘付けにしてしまうのが浜辺でおっぱい振り回しながらはしゃいでいるフランス人のあほ女子ではなくって港に停泊するヨットやクルーザーだということでした。

最近偶然にも18世紀末にアリューシャン列島に遭難した日本人の本だとか椎名誠のパタゴニア紀行、野田知佑の北極圏カヤック行なんかを読んでいたせいか、港に並ぶ船を見ているとぼくは海に出たくて仕方なくなってしまうのです。

クルーザーやヨットが見える風景に、悶々とした気持ちを抑えられなくなったぼくはたまらずギブアップ。


カンヌ南西より内陸側へと進路変更。


トゥーロンやマルセイユをパスして、一路モンペリエへと向かっています。
2009.06.24 (Wed) 02:56
流刑地

ジェノバから海岸線を南西に下ることおよそ200km、ぼくは今フランスのニースにいます。

ジェノバからここまでは海岸線のリゾート地を延々と歩き続けてきたせいか観光客で溢れ返るニースの街をうろついてもぼくには何の感動もなくって、いったいなぜこの土地にこれだけの観光客がやってきてるんだろんか?ここに来るまでにもっときれいな海岸なんか山ほどあったのにいとぼくは首を傾げて考えるわけです。

しかしぼくがいくら頭を悩ませたって、他の旅行者の脳みそがどんな思考を辿って「ニースに行こう!」になったのかなんて到底わかりそうもないのでぼくは彼らがニースに来ようとした理由を考えるのを諦めることにしました。

きっと彼らは旅行者ではないのです。


流罪の刑に処せられた罪人たちにちがいない。


2009.06.19 (Fri) 07:22
みなと

ジェノバの街は特になんてことない港町でした。




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けど、楽しい。

2009.06.10 (Wed) 19:54
なんのご縁があったのか

ぼくは今。

ぼくは今、身長はめっちゃでかいのにえらくのんびりとした感じのキリンみたいなイタリア人の旦那と、善良な徒歩旅行者を捕まえてハゲハゲ言うていじめてくる下品さ丸出しのあほ大阪人の嫁と、なんだかいっつもうんこを漏らしているうんこたれの息子が居てて、そのうえにモーゼみたいな髭を伸ばした謎のウルグアイ人(あだ名”うんこ”)が毎晩のように遊びにやって来るジェノバの一般家庭で居候をしています。

きっと、おそらく、たぶん一般家庭です。
2009.06.08 (Mon) 07:35
やっぱりもう極地しかないな

イタリアなんてもはや日本となんら大差ない立派な国なわけで、宿に賄賂目的の警官が押し寄せてくることもないし、酔っ払いだったりドラッグやってる馬鹿だったりといった面倒な連中が堂々と昼間っから道端でふにゃふにゃしてて徒歩旅行者を殴りつけることもないし、現地人や警察が「なんで銃を持ってないんだ?死ぬぞ!持たなきゃだめだ!」とかアドバイスをくれたりもしません。

無人地帯もないし、ウォッカもないし、狼もいないし、ネオナチもいないし、誰も話しかけてこない。

いつのまにかぼくは歩行中に話しかけてくる自動車のナンバープレートを無意識に覚えたりだとか、知り合う現地人の名前を一発で覚えたりだとか、防犯上そうゆう能力にめちゃめちゃ長けるようになってしまったのだけれど、最近そうゆうこともしなくなりました。

てか、ほんまに誰も話しかけてこないのです。出会う機会がない。

ラテン系ってこんなもんなんかあ?

あまりにもおとなしすぎる。
少なくともルーマニア人はもっとがつがつ話しかけてきたのに。


この環境やとイタリアで徒歩旅行者が遭う可能性のある犯罪なんて、観光地でのスリやひったくりくらいなんじゃないでしょうか。

そんな犯罪くらいじゃ人は死なへんので、死なへんのならぼくはなんだっていいので、ぼくは今後イタリアできゃっきゃ言って笑ってりゃいいわけです。

国道沿いにはハイパーマーケットが乱立してるので水や食料はほとんど持ちあるかなくていいし、ぼくはもう携帯電話屋でアイフォン欲しがったり、イタリア製の車やバイク見ながら「かっこええなあ」言うたり、登山用品店で必ずしも必要とは言えないアウトドア用品を欲しがってればいいのです。

めちゃめちゃ楽です。

そして、正直おもんないです。


今さらこんな環境を歩いたって何も学べる気がしません。




2009.06.01 (Mon) 08:36
クメール

「雲行きが怪しい」

とぼくがかっこよくそう思った時、すでに黒い雲が空を覆いつくさんとしていました。


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実際には雲行きが怪しいどころか遠くで雷の音が鳴り響くのが聞こえるなか、ぼくは雷雲にあおられながら本来なんてことない地方都市であるはずのマントヴァの街に辿りついたのです。


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当然ぼくはマントヴァの街について何の興味もないし何の思い入れもないし、「”美女と野獣”ってのはロシア人女性の一生を的確に表現した言葉に違いあるまい!そうや!きっとそうや!」だなんて若い時はあんなに美人なのに老いた途端に皆が皆ぶくぶく太ってしまうロシア人女性についてそんなくだらないことを考えていました。

あーちなみに普段のぼくはそんなことを考えるか、ウサギなんかの野生動物を見て「美味そうや」とか呟くぐらいのことしかしていません。

まーそんなことを思いながら、マントヴァの街へと入っていくわけです。

しかし、まさかこんなところに。




マントヴァの町の中心部へと続く国道沿い。

雷雨の中、そこでぼくが見たのは紛れもなく、ぼくの愛するクメール人の大遺跡と同じシルエットを持ったマントヴァの町並みでした。

それを見た時、ぼくは一瞬「あれ?おれは今カンボジアに居るんだろんか?」と思わず自分の居場所を疑ってしまったほど。

観光好きでも遺跡好きでもなんでもない自分も、かつてクメール人の作ったカンボジアの大遺跡に間違いなく恋をしていまして、寝ても冷めてもその遺跡のことばかり考えている日々があったのです。

もう何年前やろうか。
う~ん、懐かしい。

そんなぼくが全くカンボジアとは関係のないはずのイタリアのど田舎で、ふいに、唐突に、全く心の準備なく、クメールの大遺跡を見てしまったわけです。元カノに会ってしまったわけです。

とうぜん興奮しないわけない。

わけないのです。


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ワンコールアットや!


2009.05.31 (Sun) 04:12
まんじゅうこわい

日本ではみんなもう豚インフルエンザにえらいびびってしまっているもんやから、マスクがそこら中で売り切れになっているそうですね。学校が休校になったりしてるそうですね。

困った困った。

しかし、そんなに豚インフルエンザが怖い人のなかに毎年インフルエンザの予防注射を受けている人間って一体どれだけいるんでしょうか?

あんまり居いひんような気がします。

毎年恒例のインフルエンザはそれほど怖くないしインフルエンザの注射は受けへんけど、豚インフルエンザは怖い。マスクがほしい。

インフルエンザは怖くない。
けど、豚インフルエンザは怖い。


豚が怖いんですね、要するに。


そんならぼくだって怖い。

豚の生姜焼きが怖いし、肉まんが怖い。ウインナーだって怖い。
豚カルビとか食べたら失神するんじゃなかろうかと思います。

おーこわ。
誰も持ってきんといてほしい。


しかしまーこんなとこで落語みたいなこと言うてもしゃあないわけで、実際ぼくも滞在期限のあるシェンゲンエリア内で豚インフルエンザに罹ろうものなら大変なので楽観視してるわけにもいかないんですけど、それにしたって”流行る”ってのはこうゆうことを言うんでしょうね。

世界中で今、豚インフルエンザがこんなに”流行っている”のは日本くらいじゃなかろうかと思います。

ぼくが泊まっているベネチアのキャンプ場には世界各国からキャンパーがやってきているのだけれど、だれもマスクをしていません。

世界中から観光客が押し寄せるベネチア島内でもマスクをしてる人を見ることはありませんでした。

ベネチア島内では日本人の団体ツアー客は見なかったんですけど、もし居たとするとやっぱり彼ら彼女らは中国西安での日本人ツアー客のように不気味なマスク姿で周りの現地人や他の観光客の恐怖をあおるような真似をしていたんでしょうか。奇怪な集団と化していたんでしょうか。

はて。


ぼくはマスクを購入したがるそんな日本人たちのことを恥ずかしいとまでは思いませんし、実際ぼくもザグレブで他の旅行者からマスクを分けてもらった立場なのであんまり偉そうなことは言えません。

ただ、豚インフルエンザを必要以上に警戒してしまった日本人たちによるマスク売り切れの話は、日本人の国民性が如実にあらわれていてとてもおもしろい出来事やと思います。

オイルショックの時なんかも同じような感じやったんでしょうね。


あとで同部屋のインド人とアメリカ人に教えたいと思います。




「日本人はな、インフルエンザやなくって豚がこわいねん」
2009.05.24 (Sun) 05:25
歩く人たち

日本を出た頃。

それはもうかれこれ二年半ほど前のことなのだけれど、ぼくは大陸の徒歩横断中には少なくとも5回は別の大陸徒歩横断者とすれ違うことになるだろうと想定していました。

田舎の国道を歩いてる最中、道路の先からだんだん大きくなる人影があって、誰やろう?面倒な奴ならいややなあなんて思いながら近づいてみるとそれはバックパックを担ぎ、なにやらわけのわからない荷車を引いている徒歩旅行者。

「あれ?もしかして、あなたも徒歩旅行者ですか?奇遇やなあ、ミートゥーミートゥー。あなたはどちらへ?北京ですか?そりゃあいい。なんならぼくの実家に勝手に住んでもらっても構わないから京都をゴールにしてみません?日本は現地人全然話しかけてこおへんし楽すぎて退屈するやろうけど、まー良いとこですよ。安全やし。」

ぼくは欧米人徒歩旅行者と立ち話をするだろうと思っていました。

「テントの底をウサギにかじられたんだよね」とか「ハーブが密集して生えてるとこにテント張ったら、翌朝には鼻がバカになってたんだよね」とか言う話に「あるあるー」って言いたかったのです。


しかし。


実際に大陸の徒歩横断を始めてから道中に出会えた徒歩旅行者なんて全くの皆無で、ぼくが他の旅行者に「道中、大陸の徒歩横断者に5人は出会えると思ってるんですよね」とか言うと「いや、そんなには歩いてる人って居ないと思うよ」と言われてしまう始末。

最近では歩いていたって、そうゆう人に出会える予感すらしない。

そして歩きながら、そんな現状をたびたび思っては「もし、今世界中で自分だけがユーラシア大陸の徒歩横断をやってるんやとしたらそれってとても寂しいことやな」とぼくは少し悲しい気持ちになるのです。

やっぱり冒険って言葉はもう時代錯誤なんやろうか。



そして、そんな時に現れた二人のナイスガイ。



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奇跡的な出会いにお互い狂喜乱舞。

まあ彼ら、べつに大陸横断はしてないねんけど。




※彼らはベルギーからイスラエルまで歩行中のベルギー人の兄弟。


2009.05.22 (Fri) 02:19
Trieste

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2009.05.15 (Fri) 17:55
自然と鼻息が荒くなる

港町リエカ。

これから北に30kmも歩けば、スロベニア。そしてイタリア。

いよいよというか、ようやくというか、明日からシェンゲン協定エリア。

最近になり一日平均で五回ちかく職務質問を受けていて不法就労を疑われまくっているぼくは、シェンゲン期間である90日以内に必ずポルトガルに到着しなければなりません。

必ず。必ず。からなず。


ロカ岬を目前にしてオーバーステイを警察に見つかり大陸から放り出されるだなんて笑い話にもできないので、最後くらいかっこよく決めてやろうと思っています。

うおっし。


2009.05.11 (Mon) 17:59
山を越えて、

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山を越えて、

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山を越えて、

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山を越えて、

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川を越えて、

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聖母を越えて、

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山を越えて、

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お金を数えて、

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山を越えて、

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ハチたちが頑張っていて、

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ヘビたちが頑張っていて、

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ぼくは怠けて、

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怠けて、

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山を越えて、

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山羊を越えて、

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越えて、

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越えて、

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夕日を越えて、

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でっかいカタツムリを見つけて、

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それはとってもきもくて、

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山を越えて、

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越えて、

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レモン水をもらって、

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小村を越えて、

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リエカに入ったら、

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しょっぱい匂いがしました。



2009.05.11 (Mon) 00:42
ヨーロッパ地理に興味ないとわからないと思う

さて。

本日これからザグレブを出発して、一週間後にはいよいよイタリア。


ザグレブからいくつか山を越えてクロアチア北西部の港町リエカ。それからスロベニアを25kmほどだけ歩いて、イタリア北西部の港町トリエステに向かいます。

トリエステからはアドリア海の海岸線(東おっぱい街道)に沿ってベネチアへ。それからパルマなどを通過、イタリア半島を横切って半島西側の港町ジェノバを目指します。

ジェノバから今度はティレニア海の海岸線(西おっぱい街道)に沿って、フランス入り。ニース、そしてマルセイユ。

フランススペインにまたがるピレネー山脈越えに関してはどこから越えるのがいいかまだ決めかねています。

カミーノサンチアゴ(西欧版お遍路。世界遺産)がルート上に捉えられそうならやってみようかなと思っています。





※マスクを十枚も購入。豚なんたらエンザこわい。
2009.05.05 (Tue) 16:19
旅行者へのもてなしは伝統的な慣習なのだそうです。本人ら曰く。

ここ最近、日本語の読み書きのできるPCになかなか出会えないもんだから、ふてくされて道中の写真だけ載せてブログを更新しています。

日本語の読めるPCに出会えないこと自体は何も今に始まったことじゃないんですけど。


そしてまあ、そんなクロアチアの写真を見てもらえればわかると思うんですけど、クロアチア人という人達はえらく親切。そらあもう、やりすぎともいえるくらいに。

休憩中、ベンチに腰掛けてるだけなのにおばちゃんが「コーヒーでもいかが?」言うてきて家に招待されたり、小学生にもまだ行ってないような小さな子が「食べるう?飲むう?」言うてきて水だとかお菓子を差し入れてくれたりします。

バーの前を通れば、昼間っからへろへろになってるおっちゃんが「カモンカモン」言うてきてぼくが「いや、だめだよおっさん、ぼかあ歩かなきゃいけないんだよ」言うてるうちにいつのまにかビールが目の前に出されてたりします。

民家に頼んで畑にテントを張らせてもらうと、夜におっちゃんがビールとおつまみ持って訪問してきます。「明日は一緒に朝食を食べよう!」と言われたりします。

ヨーロッパにこうゆう優しさがあるとはあまり思っていなかったのでとにかく驚いていて、毎日感謝しっぱなし。


クロアチアは素敵すぎる。
みんな歩けばいい。





※連日歩行に挑戦してたんですけど、3週間経ってアキレス腱が不気味に痛むので大事をとって一旦リセット。腱鞘炎こわい。
2009.05.03 (Sun) 07:18
首都へ

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<写真>
田舎でお祭りのような行事が行われていて、民族衣装姿の女の子発見。

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<写真>
クロアチアに入ってから、コウノトリをよく見かけます。

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<写真>
枝毛に注意。

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<写真>
最近よく雨が降る。

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<写真>
良い旅を!

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<写真>
雨上がりの雲。

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<写真>
テントの外壁から難ルートに挑むナメクジ。

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<写真>
無事ザグレブ入り。

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<写真>
デモをやってた。

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<写真>
参加。

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2009.05.02 (Sat) 06:51
Kutina

19nichi-me.




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<写真>
職務質問後に警官から特製のボールペンをもらいました。
紋章がかっこよい。

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<写真>
夕闇の中、畑に忍び込んでテントを張ってたら人がやってきたんですけど、事情を話すと快くテントを張らせてくれました。
ビールとクロアチアのお酒を持って再び参上したおっちゃんとその家族。

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<写真>
翌朝はおっちゃん達と朝食。

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<写真>
へび。

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<写真>
休憩してたら突然声をかけられて民家の招待をうける。
ウサギ肉めっちゃうまい。

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<写真>
スティーブ(右)と名前忘れたおっちゃん(左)。
左のおっちゃんは若い頃、自転車で7年くらいかけてヨーロッパを周遊してたそうです。

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<写真>
少年が水を持ってきてくれた。

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<写真>
ピザ屋のお兄さんはコソボ人。

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<写真>
ファンタワールド、ブラジル味。

ブラジル行ったことないしこれがブラジル味なんかはよくわからへんのですが、北半球か南半球かでいうと、赤道直下の味がしました。
2009.04.28 (Tue) 20:53
Vinkovci

クロアチアに入国してまだ二日なんですけど、なんでこんなに楽しいんでしょうか?

14日目。




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<写真>
Hrvatskaってのはクロアチアのことです。
NipponとJapanのようなもの。

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<写真>
国境の役人にジュースとコーヒーを頂いてしまいました。
いきなり好印象。

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なるほど。

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<写真>
田舎の女の子。めっちゃ元気。

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追いかけてきた。

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追いつかれた。

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<写真>
成り行きでホームステイ。
パラーチュ家の素敵な人たち。

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<写真>
30年前に購入したというHITACHIのラジカセ。現役。
日本ごとえらく褒められました。

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2009.04.23 (Thu) 18:16
終始楽しかった国

ベオグラードからクロアチア国境までの記録。




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<写真>
街の中心へと駆けゆく人々。暴動かと思ったけれど、後に理由が判明。

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<写真>
セルビアにはこういうオシムみたいなおじいちゃんがいっぱい。

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<写真>
どうやらマラソンやったらしい。

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<写真>
チョングオレンは世界中で活躍しているようです。

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<写真>
教会にてテント泊。

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<写真>
イースター、ビバ。

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<写真>
国境。

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2009.04.21 (Tue) 17:52
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