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アンコールワット回顧録

部屋の中からアンコールワットへの旅行を終えたあとに書いた日記が発見されました。
ちょっと懐かしかったのでここに転載します。


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はい、そうです。
僕は馬鹿です。
しかもかなり重症のようです。

自転車で上海からアンコールワットまで行くことに決めました。そのために上海で人民自転車を購入しました。すごく辛かったのになぜか自転車をこぐのをやめませんでした。バックパックではなくゴミ袋に荷物を入れてアンコールワットを目指していました。

全てはあまりにも無謀で愚かな行為です。それは僕自身かなり理解しているつもりです。

憧れのアンコールワットをより感動的に見ようと躍起になっておりました。常軌をいっしておりました。

頭の中に何度アンコールワットを思い描いたでしょう。何度日本という国のことを思い描いたでしょうか。幼い頃を懐かしく思い出したりもしました。道端にいるヤギを眺めたりして「ヤギってけっこう気持ち悪い顔してるなあ」などとくだらないことを感じたりもしました。

いろいろなことを感じ、考え、そして悩みました。
そしてそうしている間ももちろん自転車をこいでいました。


はじめはぼくもバックパックを担いでおりました。50Lのきわめてスタンダードなやつです。カメラ・着替え・寝袋・パンク修理セットなど出発前に僕の判断で選抜された精鋭揃いです。どちらかというと旅慣れていた人間なので自信を持って荷物を選びました。

そして日本を離れ、自転車生活が始まったのです。

予想をはるかに超える過酷さのなか、なんとかバスや電車の誘惑に耐え一週間が経ちました。するとそのうちバックパックは消えていました。そしてそこにはゴミ袋を担いで自転車の上で笑っている変な日本人がいたのです。


今回の自転車生活を経験してぼくの「必要不必要」の価値観は大きく変わりました。本当に必要なものはたったひとつしかないことにようやく気づきました。それはパスポートでもクレジットカードでも現金でも10万円以上する高級カメラでもありませんでした。僕にとっては自転車さえ必ずしも必要ではなかったのです。

全てはまた簡単に手に入るものです。二度と手に入らないものではないのです。僕は日本人です。少し働けばほとんどのものはまた手に入ります。今の生活が苦になることぐらいは我慢すればいいだけだから。

もう二度と手に入らない本当に必要なもの、それはやっぱり自分自身なのです。僕の目であり、口であり、手であり、足なのです。身体さえ健康であればゴハンが食べられ、アンコールワットまで歩くことができ、そしてアンコールワットをしっかりこの目に焼き付けておくことができるのです。

もちろんパスポートや現金が必要ない訳ではありません。紛失すれば、かなりの不自由を強いられることは間違いありません。しかし僕にとってそれは致命傷ではなかった。その程度なら十年後きっと笑って話せるはずだと僕は強く感じたのでした。

そういった理由で僕のバックパックは中国の郵便局によって日本へ送り返されることとなりました。30㎏の荷物を担いで一日十二時間自転車で走れるほど僕の身体はタフにはできてはいなかったのです。

そしてほとんどの荷物を送り返し、それでも僕の手元に残った少量の荷物。ゴミ袋の中に入っていたそんな少量の荷物でさえ僕にとってはいつ盗られてもいいもの、いつでも捨てられるものでした。

すなわちゴミが入っていました。

ゴミ袋のなかにゴミを入れてアンコールワットを目指していました。

はい、そうです。
僕は馬鹿です。
しかもかなり重症のようです。



ゴミ捨てる毛沢東
ボッタくるホー・チ・ミン
見つめるクメールルージュ


京都を離れてちょうど二ヶ月が経ちました。

僕の目の前には大きなカンボジアの世界遺産がありました。自転車生活における唯一の精神的な支えだった建造物が視界の中心でデーンとふんぞり返っておりました。

初めてそれを見たとき、まず何を感じたのか今となっては正直あまり覚えていません。

ただただ、それを眺めていました。そして一言呟いたことだけを覚えています。

「(あまりにも貴重な思い出なんで掲載をひかえます)」

当然アンコールワットは何も返事することはありませんでした。やっぱり僕の視界の中心でデーンとふんぞり返っておりました。


今まで「アンコールワットで泣くために」そう言ってぼくは他の旅行者に自転車をこぐことを決めた理由を説明してきましたし、ぼく自身そのつもりで自転車をこいでいました。

しかしアンコールワットと初めて対面したとき、涙など一滴も出ることはありませんでした。感動さえとくになかったのかもしれません。とっても穏やかな気持ちで僕はアンコールワットを見つめていました。

そしてそれから一週間、僕は毎日アンコールワットに会いに行きました。他の遺跡そっちのけでアンコールワットばっかり見ていました。細かいレリーフやそのデッカイ図体を眺めては、深く感心し、強く感動するばかり。

だけど、やっぱり涙は出ないのです。
不思議と僕もそれを残念だと感じることは全くありませんでした。


そしてとうとうさらなる出発のときがやってきました。

本当に待ちに待った嬉しすぎる自転車生活とのお別れの日。自転車を泊まっていたゲストハウスに寄付し、迎えにきたバンコク行きのバスに乗り込みます。

そしてバスが動き出すのを座席に座って待っていると、なんだか変な気持ちになってきました。バスの窓越しにずっと一緒に冒険をつづけてきた自転車があるのです。今まで僕はあの自転車と一緒にバスや電車を遠くから眺めていたのに、今は僕はこっち側にいて自転車はあっち側にいるのです。

バスは動き出します。

なかなかのスピードで移りゆく景色を見ているとなぜか涙があふれました。涙の理由はわからないけれどなぜか涙が止まらないのです。

僕はダレにも見つからないようにのびきったユニクロTシャツでゆっくりと涙をふきとりました。


はい、そうです。
僕は馬鹿です。
しかもかなり重症のようです。


                  
2004.10.9    中国・雲南省麗江

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2006.05.14 (Sun) 00:17
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